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生藤山〜陣馬山 2009.02.17(火)


陣馬山山頂にて、辿ってきた生藤山〜連行山の稜線を眺める


当日は数日前までの初夏を思わすバカ陽気がうそのように身が引き締まる寒さ、冬晴れで空気が澄み素晴らしい景色と出会うことが出来ました。
中でも三国山と陣馬山の山頂展望は素晴らしく、丹沢・大菩薩・多摩の山々はもとより、南アルプス、遠く日光連山まで望めました。
ところで、本年は積雪が極端に少ないようです。 厳寒の時期にかかわらず山中に残雪は無く、標高2000m雲取〜飛竜の稜線でさえ積雪の様子は認められません。かろうじて日光連山の上部に薄く冠雪が認められる程度でした。


コース&タイム;
JR藤野駅8:10=神奈交バス240円=8:30鎌沢入口
鎌沢入口8:30〜鎌沢休憩所9:00〜佐野川峠9:30〜9:50甘草水10:00〜10:20三国山(昼食休憩)
三国山10:50〜生藤山991m11:00〜茅丸1019m〜連行山〜醍醐丸(巻道)〜和田峠12:30〜12:50陣馬山
陣馬山875m13:15〜14:10陣馬高原下14:25=西東京バス540円=15:00高尾駅
所要時間;5時間40分、歩行時間;4時間30分



藤野駅平日8:10発の和田行き神奈交バスは、登山客4人を乗せて定刻発車した。平日はいつもこんなものなのだろうと思ったが、2〜3ッ目の停留所でランドセルを背負い黄色の帽子を被った児童数名が乗り込んできた。
その後2〜300m行く毎に5〜10人程度の児童が乗り込んできて、バスはたちまち満員となってしまつた。この間は自由乗降区間で、子どもたちは安全に乗車できる場所で待機し集団登校しているようだ。 自由乗降区間は登下校の児童用に設けられたようなものである。山里の子供たちは礼儀正しく皆活発だ。バスのドライバーも子供たちの安全に気遣いしているのが感じられる。 なんだかこちらも嬉しくなった。児童は藤野北小学校前で全員降りてしまい、バスは再び静寂な空気を運ぶ。平日藤野駅8:10発の和田行きバスはスクールバスだった。
鎌沢入口で降りたのは私一人、残る3人は終点和田まで行き陣馬山を目指すようだ。

バス道と別れ、左に下った分岐を右に行く。狭いが舗装された車道で、直ぐに渓流沿いの急坂を登る。山の斜面は切り開かれて一面に茶畑が広がっている。 狭隘の地を切り開き茶畑を開墾した先人たちの苦労が実を結び、今では穏やかな山里の風景が10軒余りの集落を取り囲んでいる。
山間の豊かさを醸し出す集落が、都市化が進んだ神奈川県に存在していたことは、同県民の私にとって驚きだった。
改めて地図を見直すと、近年相模原市と合併した藤野町、その鎌沢地区は神奈川県の最奥、山梨と東京に接する最北端の県境山間部に位置し、山梨県側に風船が膨らむ如く侵食した場所である。 そんな辺鄙な場所で人々が豊かに生活しているとは思いもよらないことだった。
どの家も広い敷地に大きな構え、沢水を引き込み大量の薪を蓄えている。 風呂などはこれらを利用しているのだろう、自然と一体となった暮らしぶりが、通りすがりのよそ者にさえも窺え、豊かさを醸しだしているのだった。
後に調べてみると、鎌沢を含む佐野川地域は朝日新聞社&(財)森林文化協会が主催し、農林水産省・国土交通省・環境省が後援した企画「にほんの里100選」に選ばれていた。さもありなん、と思う。 応募総数4千数百、審査委員長は映画監督の山田洋次氏である。ちなみに、神奈川県内では他に葉山の上山口が選ばれている。

車道の急坂を登り切り、畑の中に建つ東屋【県立鎌沢休憩所】の上にある数軒が最後の集落【登里】で、そこから先は人里離れ、県境尾根を延々と辿ると奥多摩三頭山へと繋がる長大な山域となる。
最上部の家屋裏手から山道に入る。緩い傾斜で、歩きやすい。 しばらくは樹林の中で展望は得られないが、やがて尾根に乗ると葉が落ちた木々の間から南西側に丹沢・道志の山々が開け、待望の富士山が姿を現した。当日は冬晴れのもと空気が澄んで山々はクッキリとその輪郭を表す。
体は既に山モードに切り替わり体内脂肪が燃え出している。汗が流れ出すほどではないが、山の冷気が心地良い。
登山道には20〜30分ごとに休憩ベンチが現れてありがたい。だが私は休まずにゆっくり歩き続けた。
佐野川峠で上岩方面からの道と合流し、その先さらに傾斜が緩み、やがて甘草水(カンゾウスイ)に着いた。桜の名所で、展望は南西側が一段と開ける小広場である。
「日本武尊(やまとたけるのみこと)、東夷征伐の時、 三国峠に軍を憩ひ給ふに、山上に水なく、 諸軍勢、 渇にたへず、 弓に於て尊鉾を以て岩頭を穿ち給えば、清泉忽ち湧出し、 軍士を養ふに足れり、尊大に喜び狭野尊の賜なりとのたまひ、即泉を甘草水と名づく」【新編相模国風土記稿】
水場は脇道を100mほど入った場所にある。
その泉だが、時代がかった伝説からほど遠く、今では水量細く飲料水として不適のようで、私は立ち寄りもしなかった。

三国山山頂から富士山を望む 左山腹には強風に舞う雪煙りが見える


生藤山への巻道を見送り、傾斜が増した道を一登りで三国山山頂に着いた。このピークは三国峠(サンゴクトウゲ)とも呼ばれるようだが、鞍部ではないので山と呼ぶのが相応しい。 文字通り神奈川・東京・山梨の三都県境となっている。
展望は大きく開け、特に西側が素晴らしい。富士山はむろんのこと、丹沢から御坂・大菩薩・雲取山に至るまで連続した山岳展望。 まっ白な南アルプスの荒川・赤石岳が遠く認められた。権現山、扇山は目前に大きく聳える。東南側は梢がうるさいものの相模湾がきらめいていた。
私は展望が気に入ったうえ、ベンチの数も多い此処で昼食休憩とした。私は山岳展望に滅法弱いのだ。
三国山からその先は二手に分かれる。直進するルートは笹尾根と呼ばれ、延々奥多摩三頭山へ達する長大な縦走路である。今日は右のルートを取る。生藤山への登りは急だが短い。 生藤山991mは三国山960mより幾分標高が高いものの、山頂は狭く展望も三国山より劣る。私は休憩もせずに和田峠へ向かった。このコースは「関東ふれあいの道」の一部で、【富士見の道】として良く整備されている。 本来アップダウンの多いコースだが、おもなピークには巻道が用意されていて、そちらを利用すると楽である。
また途中、連行山から南秋川の柏木野へ、醍醐丸手前の鞍部から和田へ、醍醐丸から市道山を経て秋川方面へそれぞれ下ることが出来る。

生藤山から急下降し、登り返した茅丸1019mは、本コース最高点ながら狭く展望にも恵まれない。それでも南側樹林は疎らで、大室山から大山に至る丹沢山塊を裏側から横一線に眺めることができた。
次のピーク連行山(連行峰ともいう)1016mは、遠くから眺めると堂々とした見栄えのする山で、その山名も古事いわくがありそうな山である。だが実際歩くと大した苦労もなく到達し、際立った頂点のないなだらかな山頂である。此処も展望はよくない。 次の醍醐丸は八王子市最高峰とあるが、植林帯の道を大分登り返すようで、また展望もたいして期待できないようなので私は巻道を選ぶ。この一帯は植林帯の暗い感じがする場所で、巻道の選択は正しい気がした。
三国山から和田峠までほとんど休憩なしで歩き、途中巻道を利用しておよそ100分費やした。展望が開ける場所は少ないものの、概ね豊かな広葉樹林に囲まれた比較的なだらかな道は快適だった。 この間人と出会うことはなかった。

降り立った和田峠は駐車スペースもあるなかなか開けた場所、茶店もある。この道は甲州裏街道と云われ古くから人々の往来があったようだ。当日はゲートが閉められ車の通り抜けは出来なくなっていた。
峠にはマウンテンバイクでツーリング中のグループ拾数名が休憩していた。若者から中年まで幅広い年代層の男性グループである。 陣馬山へ向けて私は直登コースを、MTBグループは巻道を同時に出発したのだが、私が山頂に到着した時には既に彼らはくつろいでいた。
陣馬山、私はその山頂を踏むのは今回が始めてである。聞きしに勝る大展望だった。標高1000mに満たない山頂の展望とは信じ難い思いだった。
都心のビル群〜横浜MM地区ランドマークタワー〜相模湾〜大山〜丹沢〜道志山塊〜富士山〜御坂の山々〜南アルプス〜小金沢連嶺〜大菩薩連嶺〜秩父山塊〜奥多摩の山々〜日光連山〜関東平野〜筑波山、グルリと一望す。
広い山頂の中央には陣馬山のシンボル〜大きな白馬像が建ち、それをバックに何組かが記念撮影していた。私は展望を存分に観賞する為白馬を何回か廻らなければならなかった。私にはこの山頂の主がジャマに思えて仕方なかった。
まだまだ去り難いが1時間に1本のバスの時刻が迫る。
先にMTBのグループが出発した。山道を高尾まで縦走すると云う。騎手のように腰を浮かせて、次から次へと石段を軽々と下って行った。MTB恐るべし!
こちらは陣馬高原下バス停を目指す。和田峠への巻道を下ると直にバス停への近道を示す標識があり、その標識に従い脇道に入る。地図には載っていない最近整備された登山道のようである。峠の下で車道に合流し、そこからバス停まで20分ほど車道を下った。
2009/02.27 掲載

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