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熊野三山&熊野古道 2013/7/22〜24




熊野三山とは、熊野新宮速玉(ハヤタマ)大社・熊野本宮(ホングウ)大社・熊野那智大社を指し、平安時代後期浄土教が盛んになってくる中で、 熊野の地は浄土と見なされるようになり、院政期には歴代の上皇の参詣が頻繁に行なわれ、神仏習合によって熊野三山は熊野権現として信仰ははますます厚くなり、全国に熊野神社祭神が祀られるに至った。
熊野古道は、平安から室町にかけ都があった関西方面から厚い信仰に基づいた熊野本宮大社参詣を目指す各道筋で、 紀伊田辺から=中辺路(ナカヘチ)、高野山から=小辺路(コヘチ)、吉野山から修験道として険しさで知られる=大峯奥駈道(オオミネオクガケミチ)、の主に三ルートがある。
このほかに熊野三山間を繋ぐ比較的距離が短いルートがあり、さらに今では途中で寸断されている田辺から海沿いに下るルート=大辺路(オオヘチ)、江戸時代以降比較的新しく開かれた伊勢神宮へ繋がるルート(伊勢路)がある。
これらは2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」〜いわゆる熊野古道として世界文化遺産に登録された。
私は宿泊先の新宮を早朝に立つ奈良交通奈良県八木行き日本一の長距離路線バスで十津川村へ向かい、 通常は全ルート踏破に3〜4泊を要する小辺路の最終ステージ、十津川村〜本宮大社=【果無峠(ハテナシトウゲ)越え】を歩いた。
深山の道は古道の面影が色濃く残るが、高低差の大きい厳しい登山道だった。
熊野を巡るバスツアーなどで熊野古道としてよく組まれる【大門坂】は熊野那智大社の昔の表参道石畳であって、これをもって熊野古道の全体像とすることは、はなはだ認識を誤る。
熊野古道の態様は登山道だが、登山目的に開かれた道ではない。熊野の霊場を目指して広大な紀伊山地に張り巡らされ、長大な道程を難行苦行に耐え歩いた信仰の道である。
近頃入場制限が話題となる世界遺産がある一方、忘れ去られたかのようなこちらの世界遺産、山中ではたった一人の若者と遭遇しただけだった。
樹林に蔽われた道は案外涼しい、だが真夏の六時間を超える峠越えは難行苦行の一端に違いなかった。
尚、当時は本宮大社の本社殿は修復中、那智の滝は滝壺下流の補強工事中でした。


日 程
一日目;18きっぷ利用
大船6:04〜沼津〜静岡〜浜松〜(新快速)〜名古屋11:37〜(快速みえ7号)〜多気〜17:03新宮
熊野新宮速玉大社参詣〜地元スーパーで酒・食糧などを購入〜ステーションホテル泊
二日目;
新宮発5:53〜奈良交通八木行きバス〜7:50蕨尾バス停(十津川村)〜柳本登山口
柳本登山口8:00〜果無集落8:40〜9:50観音堂10:10〜10:50果無峠1060m11:10〜13:30八木尾バス停
八木尾バス停14:13=(バス)=14:30本宮大社
本宮大社15:20=(バス)=16:10新宮〜地元スーパーで酒など買い物〜ステーションホテル泊
三日目;18きっぷ、新幹線併用
JR新宮発6:58〜那智駅7:33=(バス)=那智山7:50〜那智大社〜青岸渡寺〜那智の滝=(バス)=10:00那智駅
那智10:22〜新宮〜多気〜(快速みえ16号)〜名古屋〜(新快速)〜豊橋17:33〜(新幹線)〜熱海〜20:17大船



多気発新宮行きは2両編成のディーゼルカー(多気駅にて)


18きつぷで新宮へ
大船6:04の沼津行き(東京5:20発)は乗り継ぎが良く、沼津・静岡・浜松で乗継ぎ、11:10に名古屋に着く。
仮に小田原から新幹線を利用すると、9:14に名古屋到着となり、ワイドビュー南紀号に乗り継いで新宮には13:37に着いてしまう。 その日は速玉大社参詣のほかには予定がないので、料金が1万円以上違う新幹線・特急を利用する必要がないのだ。
私はローカル鉄道に特別興味があるわけではないが、18きっぷは運賃が安いのが大変魅力だ。もちろん鉄道の旅は嫌いではない。
乗継がスムースで、かえって困った問題に直面した。乗り換え時にトイレを済ます時間がないのだ。 JR東海の中距離列車は1編成に1個所トイレがあるかないかである。何号車にトイレがあるか?これは切実な問題だった。
多気から新宮へ向かうローカル列車にはトイレがなかった。4時間以上乗るので不安になったが杞憂だった。途中数か所で20分以上停車する駅があり、悠々と用を足せた。 これこそローカル列車の旅である。長い停車時間の意味を見出した。
東海道線は中核都市を連続して繋ぎ、乗客は多い。乗り継ぎがスムースの場合はだいたいホーム反対側に接続列車が待機しているので、 首尾よく座席を確保するには、乗り継ぎ駅到着前からドアー脇に移動するなどの素早い行動が肝要なのだった。

今回の乗車区間の大半はJR東海である。JR東海は超ドル箱路線の東海道新幹線をかかえているので、在来線を軽視するきらいがある。 在来線ではダイヤが粗く車両も古い。紀勢本線・参宮線に至っては未電化である。 それに引き替えリニア新線建設の入れ込みようはどうだ。東海道新幹線の荒稼ぎに味をしめたのだろうが、果たして?
在来線軽視の一方、私鉄との競合路線については新型車両を投入し、面子をかけて乗客奪い合いのありさま。 名鉄と競合する豊橋〜岐阜間の快速・新快速、近鉄と競合する名古屋〜鳥羽間(一部民鉄の伊勢鉄道区間を走り別料金となる)の【快速みえ号】がそれである。 在来線の客はこの間だけ普通乗車券で特急並のスピードと居住性に優れた車両の恩恵を受けるのだった。それでも私鉄の方が分が良いようである。
紀勢本線多気〜新宮間のローカル列車は4時間余りの長丁場。乗客は徐々に入れ替わる。
私は終点までBOX席を独り占めした。ビールと酒も飲み飽きて、イヤホーンの音楽も聞き飽きて、紀伊長島から先の車窓は海の景色が連続し、入り江の漁村を眺めて気をまぎらわせた。


熊野新宮速玉大社

新宮速玉大社
大船を出発して延々11時間余り、滔々と流れる熊野側を渡り新宮到着。和歌山県に入る。この先紀勢本線はJR西日本が運行し電化区間となる。駅から数分、予約済みのステーションホテルにチェックイン。
速玉大社は駅の北東約1.5kmに位置し熊野川のほとりにある。街中を歩いて大社へ向かった。全国に蔓延するシャッター通り、ここ新宮の商店街も例外ではなかった。
熊野川ほとりの丘に新宮城(丹鶴城)跡があり、さらに海側の丘にひときわ大きな仏閣が目立つが、天理教大教会である。
速玉大社は新宮郊外北側に聳える神倉山中腹の社から現在の地に移されたもので、神倉山神社を元宮、速玉大社を新宮と呼んだといわれる。なお、社殿は明治期に焼失し、現在の社殿は昭和27〜42年にかけて再建されたものである。
神門前にはのナギの大樹が植わり、ナギ=凪に通じ海上安全・家内安全の祈願樹となっている。
私が訪ねた夕暮れ時の境内は静まりかえって厳粛さ漂う。だが、本来持つ雰囲気は熊野三山唯一市街地の平地にあって、威圧感のない開けた神社なのだろう。
近くを流れる熊野川を覘いて、地元スーパーで食材と酒を仕入、ホテルに戻ってテレビを見ながらくつろぐつもりが、夜更けぬうちに寝入ってしまった。

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