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甲斐駒ケ岳・仙丈ケ岳連続登山  2004/07/13〜15



1、北沢峠へ
南アルプスの表玄関、山梨県広河原へ向けて自宅を出たのはまだ薄暗い4:00、予定より1時間も早い出発であった。
時間に起きられるか心配したが、子供の遠足と同様で、滅法早く起きてしまったのである。
初日の行程は北沢峠テント場まで、早朝出発の必要はなかったのだが、広河原へ一般車が辿り着ける唯一のルート、野呂川林道が、奈良田〜広河原間が著しく狭隘の荒れた道で、安全確保のために時間帯による片側通行規制が施かれていた。
この規制により、広河原へ行くには、10:00までに奈良田を通過しなければならない。
そこから余裕を見ての逆算で5:00に大船の自宅を出発する予定を立てたのである。
そして、広河原発12:30北沢峠行の南アルプス市営バスを利用するつもりでいた。
ちなみに洒落た名の南アルプス市は従来の芦安村を含め、周辺四町二村が合併して昨年誕生した新しい市である。

北沢峠は、嘗て環境破壊道路として市民反対運動が盛り上がった南アルプススーパー林道の最高地点に位置し、山梨県と長野県の県境界上にある。
建設反対の強かったこの南アルプススーパー林道であったが、環境省の厳しい規制のもとで極めて限られた車両のみに通行が限定されるに至り、現在は反対運動も下火となった。
北沢峠へは広河原からの南アルプス市営バス便の他に、長野県側の長谷村戸台からも村営バスが運行されている。
こうして北沢峠に、季節限定ではあるが、バスが通じるようになって、嘗て登山口でさえ一日でたどり着くことがかなわなかった仙丈ケ岳などの秘峰が、今では日帰りで登ることさえ可能となった。
今回の私の計画も、この南アルプススーパー林道なくしては成立しなかったのである。

下部温泉の先で富士川を渡り、富士川支流の早川沿いに早川町を縦断する、南アルプス街道と名附けられた道を行く。
この道は地図上から想像される山道イメージとは異なり、良く整備された走りやすい幹線で、バスも運行されている。
七面山であろうか、左手高峰が気になる。その後次々と高峰が出現するが、山座同定の為に脇見は出来ない。
出立時間が1時間も早まった為に途中経過もことのほか順調で、奈良田のゲートをちょうど8時に通過した。
この先広河原までの野呂川林道は急峻な渓谷の中腹を無理矢理に削って開いた、聞きしに勝る難路であった。
路肩脱輪、山側の落石、そして隧道に要注意である。狭く暗い隧道はカーブが多く、素掘り壁面に凹凸まである。
運転者は絶景を楽しむ余裕など到底生じない。
この林道の時間帯による片側通行規制は、安全とスムースな走行のために欠かせないことを実感した。

広河原着8:40、結局9:00の始発バスに間に合ってしまった。
到着した広河原には無料の広い駐車スペースがある。夜叉神方面からの一般車両進入禁止の影響もあってか、広いスペースは7割方空いていた。
白峰三山の登山基地であるここからは北岳が間近く聳えているはずだが、その日は雲の中だった。
私が身支度をしていると、近くの登山客から今日はお池小屋ですか、と声を掛けられた。
バスで峠へ向かいますと答えると、怪訝そうな顔である。ここは北岳への登山客が圧倒的に多いようだ。
 北沢峠行の市営バスは定員30人程のマイクロバスで1日4本運行されていた。
最盛期には本数も増え臨時便も出すようであるが、それでも乗り残し客を出すこともあるとのことある。料金は荷物代を含めて750円であった。乗車時間は僅か25分であるが、想像を絶する道を行く。
森林が切れて摩利支天がいきなり顔を出した。その異様な山容に驚いた。満席に近い車内に驚愕のざわめきが起きた。
運転から開放された私はようやく景色を楽しむ客側に廻れたことに満足した。
客の中には釣り支度の者も見かけ、途中野呂川出会いで下車した。

南アルプスを目指す登山者が最初に目標にする山は北岳が多いようだ。日本第2位の高峰で展望が良く、しかも取り付き安い点が人気の理由であろう。しかし私は自分の目標としては北岳を始めから除外していた。
この山をピークハントするには山中一泊の行程で山小屋を利用せざるを得ないのであるが、小屋が大変混雑すると聞いて敬遠したからである。一組の布団に2人だの3人だのという場所へ、わざわざ料金を払ってまで行く気になれない。
ではテント泊はどうか? 私はテントや自炊装備を担いで数時間も山道を登る体力・気力ともに持ち合わせていない!
私がかねて目を付けていたのは北沢峠である。
北沢峠付近の山小屋の混雑度はたとえ北岳と同様であっても、近くにテント場がある。キャンプ場のように整備されているようだ。キャンプ地までバス停から僅か10分。重量の荷も気にならない距離である。
甲斐駒ケ岳・仙丈ケ岳、ともに日本を代表する名峰といっても過言でない両山の登山口がこのキャンプ場にある。
設営してしまえば、デイバッグに軽荷で両名山をそれぞれ1日で往復出来るかもしれない。
こうして私は計画を膨らませていったのである。




2、孤独なテント泊
到着した北沢峠は展望こそ得られないが、林間の清々しい場所である。
立派な公衆トイレが道脇に設置されている。一段高い場所に中規模な山小屋、長衛荘が立つ。利用は予約制である。
他には簡易なバス待合場所があるだけで、売店・茶店など一切ないので、素朴な雰囲気である。
テント場へは今バスで通ってきた道を下り、左に折れて10分ほどである。
ゆるやかに下っていくので、重い荷を担いでもあっけなく到着してしまう。
受付は長衛小屋で済ます。利用料は一泊500円である。
北沢峠の小屋は長衛、こちらは長衛小屋であり、紛らわしい。小屋名の由来である、竹沢長衛翁のレリーフがある。

テントサイトは写真のように平らで広い。同様なサイトが一段低い所にもう一面あり、100張り以上の容量がある。
写真奥の崖下を北沢が流れ、飲料等を冷やしておくことが出来る。沢ではイワナの魚影も時折見られる。
設営はペグが効くので問題ないが、ゴロゴロしている石塊を利用しても良い。
寝床の凹凸は気になるほどのことはない。清潔なトイレ及び炊事場が小屋側にあり、水は豊富である。
展望はさほどよくはないが、摩利支天の一部と反対側に小仙丈の尾根が眺められる。
ここは山中のテント場としては随分と恵まれているように思う。ファミリーキャンプ場と大差ない。

さて、ことのほか早く到着してしまった私は10:00には既に設営も終えてしまった。
いっそうの事、これから甲斐駒をやってしまおうと空を仰ぐが、雲が多すぎる。風が冷たく大変強い。
ラジオの天気予報では新潟地方の豪雨を伝えていたが、山梨地方の明日は好天を約束している。やはり予定通り、登山は明日からとした。
ところで私のテントはドーム型1.5人用、見かけは山用に見えないこともないが、量販店で購入した安物である。
それでも風や雨を通さないことは実証済みであった。だが強風時の強度については自信を持てなかったので、ペグの予備と細ロープを用意しておいた。これが大いに役立ち、強風に負けて横に潰されそうになった安物テントだが、テントの両サイドにペグを打ち、ロープでテント頂部をきつく固定補強すると、強風に煽られても安定した姿を保つようになった。
さらに念を入れ、各ペグに石の重しを乗せ万全を期した。これで登山中留守にしても安心である。下山したらテントが飛ばされていた・潰れていたでは、あまりにみっともない。
こうして作業すべてが終わり、軽食を取り、今朝コンビニで購入した朝刊の隅々まで目を通し、感度の悪いNHK甲府放送のニュースを聞いて、時計を見ると、まだ14:00であった。
この頃がちょうど入れ替え時間のようで、山から戻り撤収する者、新たに設営する者がそれぞれ数人いた。
差し引き八張り、広いサイトがテントで溢れる日もあるというが、本日は閑散としていた。
大方は単独男性、皆一様に孤独な人々で、挨拶を交わす程度、会話する間合いが見つからない。
例外なく外での作業を終えるとテントに篭ってしまった。寒風が強い日ではあったが。
私はあまりの所在のなさに、夕暮れまで待てずにとうとう飲み始めてしまった。
二日分として用意した日本酒五合パックであっつたが、初日で大方飲んでしまい、翌日は小屋で高い酒を補充した。
翌夕も外で早めに飲み始めた私は、どなたかご一緒にと探したが、誰もスキをみせなかった。
山の話で花が咲く山小屋と違い、テント泊は皆孤独なのであった。

今回のテント泊では私は寝袋を用意していない。手持ちの物はファミリーキャンプ用で大変嵩張るからである。
代わりに防寒ジャンパーを用意した。
これは失敗であった。
思ったとおりこの時期はテント内で耐えられないほど寒いということはない。防寒ジャンパーで充分に暖かい。
しかし、手足と胴体との保温状況が異なると、人は不快を感じ、目が覚めるようである。
寝袋は足の爪先から手の指先まで一様な保温状況なので快適なのである。シェラフカバーでもあれば、助かったに違いない。

夜半は雲が取れ、満天の星である。私にとっては数年振りのほんとの星空であった。いつまでも見上げていた。

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