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雲取〜飛竜縦走   2008.06.13〜14


雲取山頂から明日の行程、飛竜の夕景を眺める。ウウム、遠い!!


コース&タイム
一日目;
大船=川崎=立川=拝島=青梅=8:37奥多摩駅8:45=バス(平日時刻)=9:20鴨沢
鴨沢登山口9:30〜七ツ石分岐12:40〜14:00奥多摩小屋14:20〜15:30雲取山山頂 2017m(避難小屋泊)
所要時間;6時間
二日目;
雲取山山頂4:40〜5:10三条タルミ5:20〜6:10狼平6:30〜北天のタル7:50〜飛竜権現8:30〜9:20前飛竜9:30〜
10:30熊倉山10:50〜11:30サヲラ峠12:00〜(休憩20分)〜13:40丹波バス停
丹波バス停14:20=バス(土曜時刻)=15:15奥多摩駅15:25=(ホリデー快速)=新宿=(湘南新宿ライン)=大船
所要時間;9時間


重荷に喘ぎ、体力を極限まで使い果たす、私にとっては厳しい行程でした。特に二日目の水不足は堪えました。それでも多くの登山者と交流し楽しい時間を持てたことは幸せでした。
山頂小屋では、若いカップル、単独青年、自分を入れて4人が同宿し、快適に過ごすことができました。ただし深夜から夜明けは相当に冷え込みました。
小用足しに出た夜空は満天に煌めく星空で、大感激いたしました。
飛竜周辺はシャクナゲが豊富な場所、まだまだたくさんの花が咲いておりました。
飛竜山は、大人気の雲取の隣にあって、しかも標高が雲取より少し高いにかかわらず、訪れる人はあまりいないようです。当日もマニアック的単独登山者数人と出会っただけでした。
今回のコース、とにかく長い遠い、そして一部急峻な場所もあります。サヲウラ峠(サオラ峠=竿裏峠)へたどり着いた時は、30分もヘタリこんでしまいました。一日に4〜5便程度しか運行されていないバス路線の、貴重な一本に間に合う目鼻がついたからでありました。
一日目は高低差約1500mもの長い長い登りの連続〜そして二日目の長時間歩行、奥多摩山域の奥深さを思い知る山旅となりました。



立川で南武線から乗り換えた青梅線は、下り方向にかかわらず思いのほか混雑していて、ラッシュ時の通勤通学電車そのものだった。ザックの置き場所に困ったほどで、その状況が青梅まで続いたのには驚いた。ローカル線をイメージしていた私の認識不足は甚だしいようだ。 青梅駅で奥多摩行きに乗り換えると、途端に青梅線は登山鉄道に変身する。
4両編成の電車は座席に空席が目立つものの、大半の乗客は青梅で乗り継いだハイカーである。先ほどまでの通勤電車では、学生やサラリーマンに気兼ねし、ハイカーたちは隠れるように乗っていたのか。 ようやく車内は身内同士の安心感が漂い、おしゃべりで賑やかになった。電車は勾配が増した山間の単線をスローに走る。
終着の奥多摩駅では“電車とホームの隙間が開いているので注意してください”との車掌の呼びかけがあった。実際ホームはかなりの急曲線を描き、50〜60cmも跨がないとホームに届かない場所もある。重いザックを背負った場合などは真剣さが必要だった。
山の玄関に相応しい趣ある駅舎を出て、駅前広場から鴨沢西行きのバスに乗る。西東京バスが運行する古い小型で、昔のボンネットバスを彷彿させる。
老練なドライバーの運転は丁寧で、乗客にも親切だった。数人乗車していた地元の年配者は病院前で皆降りてしまい、残る約20人は全員ハイカーである。こちらもほとんど年配者だ。しかも女性が多い。 見ず知らずの乗客同士が地図を広げてルートの確認などしているのも微笑ましい。
数人が奥多摩湖沿いの停留所で下車したが、大部分の残り15人ほどは終点一つ手前の鴨沢で全員下車てしまい、バスは空で発車していった。


雲取山は東京都の最高点としてつとに有名であるが、その最高点の場所は埼玉県と微妙な位置関係にある。そもそも東京・埼玉・山梨の県境にこの山が位置しているからで、山頂最高点に建つ立派な山頂標識には埼玉県と標記され、そのすぐ脇に貧弱な東京都の山頂標識が立つ。 いずれにしても東京都の最高点には変わりない。
雲取山は、山頂の展望のよさ・通年営業の雲取山荘が利用できること・アプローチの便利さ・百名山の一つであること・山名の魅力等々が相まって大人気の山で、登山ルートは何通りも開かれている。その中でも今回の鴨沢ルートは最もポピュラーなものである。 他に、後山林道終点まで車で入り、三条の湯経由で山頂を往復するコースが最短で、このコースは一般登山者でも日帰りが可能である。
また、雲取山は奥多摩山域の主峰のように誤解されているが、標高は隣の飛竜山のほうが若干上回る。仮に、雁坂峠を秩父山域と奥多摩山域の境界とすると、奥多摩最高峰は名も知られぬ水晶山2158mである。
雲取山の登山道や設備が飛躍的に整備された理由に皇太子殿下の登山があげられている。おそらく皇太子さまにとっては不本意であろう。山好きな殿下のこと、そのような特別扱いは嫌われ、ありのままの山に登ることを願われていたに違いない。 げに、南アルプスの甲斐駒では厳しい黒戸尾根を登り、不自由な山小屋の典型である七丈小屋にお泊りなさっている。殿下は自分を含むアベレージハイカーよりよほど山慣れしてらっしゃり、健脚であられる。
私にとって、雲取訪問は十年ぶり二度目となる。前回は後山林道終点からの往復登山だったので、今回は単純な往復登山は避けたい。 長年願望していた行程は奥多摩馬蹄形縦走、つまり奥多摩駅から石尾根を攀じ、翌日山頂から長沢脊稜を縦走し三ツドッケから東日原へ降りるコースである。 だが、悔しいかな今の自分には体力的に無理なことは分かっていた。
次いで、体力限界に挑戦するコースが今回の飛竜縦走コースだった。

雲取山頂より遠く夜明けの街明かりは青梅の市街地


バスから降りるやいなやサッと出発する単独ハイカーが数人いたものの、大半はグズグズしている。私もトイレなど支度に手間取りながら、それでも数組残して出発した。ありがたいことにバス停には公衆トイレが設備されている。
“今夜は山頂泊まりかね、天気は最高だね、きをつけてね”と、付近で作業中のオジサンから声をかけられた。
しばらくは登山道とも云えない寒村の裏道のような小道をダラダラと登る。体を重荷に慣らすのには程よい塩梅の勾配である。呼吸が乱れない程度のゆっくりとしたペースを心がけた。山頂到着は3時から4時を予定しているので、よほど遅れても暗くなる心配はない。
30分ほどで車道と合流した。先発した数人が休憩がてらに上着を脱いだり身支度を整えていた。私もシャツを脱いで、Tシャツ姿となる。
後発組が順次追いついてきた。比較的若い単独男性、単独男性年配者、年配の夫婦者、私と同じ団塊世代らしき女性二人組、以上の6人だった。男性年配者はすぐに立っていった。七ツ石山までの日帰りハイカーのようだ。 女性二人組とありきたりの挨拶を交わす。今夜は雲取山荘泊とのことである。
車道と分かれて本格的登山道に入った。道は明瞭、傾斜も穏やかで歩きやすい。大勢に歩かれているのだろうが、表丹沢のように荒れていないのがいい。これも奥多摩の懐の広さ故なのだろうか。 大きな廃屋の脇を抜ける。畑らしき跡もある。かつての山小屋だったのだろうか。ふと下方を眺めると車道が光ってみえた。登山道はその車道と等間隔で山腹を巻くように切られているようだ。これは面白くない。
まず若者に抜かれた。彼の荷は大きい。山頂を踏んで、奥多摩小屋でテント泊とのことである。その後私の休憩中に夫婦者にも抜かれ、さらに女性2人組が追い付いてきて、私の横に座った。
「明日はどちらへ?」
「飛竜から丹波へ降ります」
「それはいいコースですね、まだシャクナゲもたくさん咲いていますよ、難しい場所はありませんよ」
「私たちは長沢脊稜をやります、長年の懸案のコースでした」
「今日は山荘泊まりですか?」
「山頂の避難小屋に泊まります」
「そこの方がロケーションはいいですよね、布団なんかはどうするのですか?山荘ではアンカも用意してあると云っていましたよ、夜は冷えるようですよ」
「マットとシェラフは用意してあります」
「わざわざ寒いおもいをしなくとも、今日は山荘に泊って、明日は長沢脊稜をご一緒しましょうよ」
「----いや、どうも、しかし、私にはそのコースは無理です」
「4時半の早立ちで10時間行程のゆっくり計画だから大丈夫です、4時ごろのバスだから余裕があります、こちらは新緑がすばらしいそうですよ!」
「-----いや、しかし--」
私は休憩を切り上げて、先に出発することにした。私はベテラン女性ハイカーの山に対する執念には畏敬の念を抱いており、とうてい自分の及ばざるスタミナが彼女らには備わっていることを経験上承知している。 もちろん長沢脊稜は私にとってもあこがれのルートであり、心が動かされたことは間違いない。だが、彼女らに同行したとしても迷惑をかけるだけだ。
その後、このご婦人方とは何度か一緒に休憩するタイミングとなり、その度に熱心に口説かれたのだった。

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