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西丹沢大室山周回  1588m  2007/05/30



ミツバツツジ咲く山腹


コース&タイム
用木沢出合7:15〜8:30犬越路8:45〜大室山山頂10:15〜10:25西の肩(軽食休憩)
西の肩10:50〜11:40加入道山11:50〜12:05白石峠12:15〜13:45用木沢出合
所要時間;6時間半、歩行時間;5時間半


大室山【オオムロヤマ】は、大きく盛り上がった山と云う意味から、嘗ては大群山【オオムレヤマ】と呼ばれていたが、国土地理院の地形図に大室山と記されるに至り、こちらの山名が普及した。
大室山が属する西丹沢は甲州と相州との国境尾根を形成しており、大室山はその山域の雄峰である.
根張り豊かなドッシリとした山容は、丹沢最高峰の蛭ケ岳を凌ぎ、この山域随一の存在感を周囲に見せつけている。
また、その稜線は東海自然歩道の一部に指定されていることもあって、登山道はよく整備されている。
ところが、登山対象としての人気は薄い。ガイドブックなどで展望の悪い山という評価が定着してしまったせいだろうか。 登山者が少ないおかげで登山道は抉れることなくよく保全されている。表尾根方面のオーバーユースされた岩石剥き出しの荒れた登山道を歩くのと違い、美しい樹林の中、土の感触を味わいながら歩くことができる。
この山は山頂の展望を目的とする山ではない。山歩きそのものを楽しむ山である。
私は今回が十数年ぶりとなる2度目の訪問で、其処彼処に咲く清楚なミツバツツジを愛でながら、一人静寂に浸る山旅となった。



当日は平日で人出も少なかろうと、本来の駐車場所である西丹沢自然教室を通過し、さらに奥の用木沢出合まで進入した。そこには数台分だが駐車スペースがある。これで往復50分ほど時間短縮した勘定だ。
西丹沢自然教室には小型バスが駐車していて、団体登山客が出発の準備をしていた。檜洞丸のツツジコースへ向かうのだろう。先頃NHKでも紹介された影響で、そちらは大賑わいのようだ。 その一方、こちらは全く人の気配がない。私は一人で身支度し、用木沢沿いの登山道を犬越路へと向かった。用木沢は陽木沢とも書き、どちらが正しいのだろうか。手元の丹沢案内本では陽の字が、登山地図では用の字が使用されている。
昨夜の天気予報は見事に外れ、空は青空で、朝の斜光に若葉が煌き目に沁みる。山道に入り直ぐに大堰堤を落下する白い水のスクリーンが迎えてくれた。立派な鉄橋で対岸へ渡る。
山道の歩き始めは苦しいものだが、ここは沢沿いの涼しさや、傾斜が緩やかなことなどで、呼吸が乱れるほど苦しいことはない。その後何回か沢を渉るが特に困難な場所もなく、迷う場所もない。やがて本流と分かれて枯れた支沢(コシバノサワ)を遡るようになり、傾斜が増す。 急に汗が吹き出し、源頭部の笹藪を掻き分けると開けた犬越路に飛び出した。

その昔戦国時代に甲斐の武田軍が小田原の北條を攻めるためにこのルートを遠征し、その際軍犬を先頭に進軍したと云う。犬越路(イヌゴエジ)の謂れである。真偽はともかくとして、なかなか印象深い地名ではある。 また、武田軍が進駐した先々に必ずあるのが信玄の隠し湯で、当地では中川温泉がそれにあたる。
信玄公はそれほどに温泉好きだったのだろうか? いえ、戦で心身ともに病んだ配下の将兵たちを気遣い傷を癒すために、転戦先の各地で温泉を利用させたという、信玄公の人柄を偲ぶ逸話であります。
ところで、犬越路は犬越峠と云うべき場所を指す地名である。この点私は長い間誤解していたので、書き添えておく。あえて拘るなら、神ノ川から山稜を越え箒沢へ至るルートを犬越路と呼び、現在の場所は犬越峠と呼びたい。
峠の西側には最近建て替えられた犬越路避難小屋があり、丹沢の避難小屋としては珍しいトイレが併設されている。また大きめなガラス窓を取り入れた明るい造りで、テーブルも広く、過ごしやすい小屋となっている。ただし寝具の用意はない。収容人員は詰めて5〜6人までか。

峠から北へ直進する道は、日陰沢橋へ下る東海自然歩道の一部である。右折し東へ向かう道は檜洞丸への縦走路である。大室山へは西に向かう。
大杉丸と呼ばれる1169m点まで傾斜は急だが距離は短い。その後傾斜は緩み快適な尾根歩きとなった。所々で南側が開ける。富士山を見事に望む場所もある。このコースの一体どこが展望が悪いのだろうか。おまけに可憐なミツバツツジが転々と満開である。 さらに標高が上ると花は蕾となるが、これもまた美しい。丹沢でツツジと云えば檜洞丸のツツジコース以外は目もくれない人がいるが、いささか視野が狭いようだ。
再び傾斜が増し、ひと頑張りすると西ノ肩と呼ばれる小広いピーク状の場所に着く。腰掛けテーブルが2脚設置されている。此処まで延々と鹿除け柵が設置されていて、その作業のご苦労に頭が下がる。山頂へは東に折れ平坦な道を僅かで、15分もあれば充分往復できる。私は荷を置いて往復した。
大室山は山頂だけを取り上げれば人気が出ないのも頷ける山である。山頂に相応しい目立つピークはなく展望もない。みすぼらしい杭の山頂標識があるだけで、ベンチもない。道志方面へ下る行先表示板が異様に立派でチグハグな印象を受けた。 休憩場所としては山頂より西ノ肩の方がよい。私も早々に戻り軽食休憩とした。

加入道山へは西に向かう。少し下るとバイケイソウの群生地で、木道により植生が保護されている。檜洞丸直下とよく似ている場所だ。一旦登り返して大きく下る。 下った鞍部は破風口と呼ばれ、そこからは白石沢の源頭ザレノ沢を下るルートがあるようだが、私にはとても道があるようには見えなかった。 破風口へ降り切る少し手前には、西丹沢から道志の山々、さらにその奥には御坂の山、そして富士山や伊豆の山々さえ一望する本コース随一の好天展望地があった。畦ケ丸・権現山は目と鼻の先である。
再度大きく上り返したピークが加入道山山頂かと思いきや、そこは大室山前衛のピークでがっかりさせられ、また下る。避難小屋へ200mの標識を見て、ようやく加入道山山頂への登りに取り付く。この間1時間ほどだが、予想外にアップダウンが多く疲れた。
加入道山避難小屋は山頂直下にあり、犬越路のものと同規模で清潔に利用され、寝具も数組用意されていた。但しこちらにはトイレの設備はない。
山頂は展望には恵まれないものの、天然林に囲まれた落ち着く場所である。私は避難小屋を観察してから山頂の腰掛テーブルに寝そべり5〜6分目を閉じた。そのまま本当に寝入りそうになったので、無理矢理起き上がり下山を開始した。この先は下り一方である。

下り始めて直ぐに私のヒザに黄信号が点った。なに、覚悟していたことだ、むしろここまでよく持ってくれた。それよりも気がかりは右足つま先の引っ掛かりが悪いことだ。裸足で歩いている感覚がする。調べると靴先端のソールが剥がれかけていた。 白石峠で応急措置することにした。措置と云ってもヒモで結ぶしかないのだが、そのヒモがない。フト木に結び付けられた赤の目印テープに目がいった私は、失敬してそのテープを解き、宝物を得たように峠へ携えた。
下り着いた白石峠、私は数年前に用木沢出合からこの峠に登り、さらに西の畦ケ丸へと向かったことがあり、この小さな峠を懐かしく思い出していた。その時には、初老の男性登山者が一人、とうてい道があるとは思えない道志方面へ藪をかき分け下って行くのを驚きを持って見送ったのだった。
さて、ベンチに腰掛け失敬したテープで靴の補修作業に取り掛かる。ところがこの目印用赤テープは見かけ倒しで大変脆弱である。ちょと引張ると千切れてしまい、結局役には立たなかった。
私は最後の手段として2重に履いていた靴下の内1枚をヒモ代わりに用いることを思いついていたので、この事態になっても大して心配はしていない。その前に、ゴミ袋用に積んでいたレジ袋をナイフで加工し、ヒモ状に撚ったもので結んでみた。 これは短時間なら役立ちそうなので、2か所結び、一応補修は完了である。応急措置のお手本だね、などと一人ほくそ笑む。
峠からの下りは急である。ヒザ痛は悪化するばかり、もともとは右ヒザが悪いのだが、とうとう両足が悲鳴をあげている。この痛みは自分への試練だ、兎に角1歩1歩進まなければ永久に下山できないのだから。峠から駐車地まで60分と踏んでいたが90分費やした。なァにマアマアさ!無事戻れたじゃないか!
気象予報士が保証した雨は半日ずれて降り出した。帰路に着いて間もなく本降りとなった。

  
ブナの古木とめぐり会う        山頂付近のバイケイソウと木道

2007/6/11掲載

no.8 高川山へ , no.7 大室山 , no.6 梅の木尾根から大山へ