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多摩川で手長エビを釣る


  
   ポイントは岸寄り障害物の脇、中心付近の点はウキ        獲物の手長エビ


2005年5月中旬に多摩川の国道1号線橋梁下川崎側へ手長エビ釣に出かけ、僅かながらも釣果を得た。
獲物は持ち帰り、から揚げで食したところ、ことのほか美味であった。


 昨年の夏、ある釣の専門誌に多摩川六郷土手の手長エビ釣が紹介されていた。
興味を引かれて目を通したが、内容は大雑把であった。
私は、手長エビ釣について、梅雨の時期に東京葛飾の水元公園で盛んである〜という程度の知識は持ち合わせていたが、まさか多摩川でこの釣が行なわれているとは、夢にも思わなかった。
私の記憶には、学生時代に通学で利用した東横線鉄橋上の電車から眺めた泡だった水面が多摩川のイメージとして焼きついてしまい、たとえ魚が生息していようとも、そこで釣をする気にはとてもなれなかったのである。
その頃から40年近く経っている。水質は余程改善されたに違いない。
私は詳細を知りたくなって、インターネットで調べたところ、多摩川に手長エビが生息していることは間違いないようだ。だが、多摩川での手長エビ釣についてのレポートは、極めて少ない。釣り方・ポイントなどは自身で現地確認するより他はなさそうである。
 多摩川の手長エビ釣を試したくてウズウズした私は、その時既に梅雨も明けた盛夏となっていて、、手長エビの釣期は過ぎてしまったことを承知の上で、早速京急電車に乗って偵察がてらに六郷土手へ出かけた。
釣り場は広々とした公園の端、テトラが敷設されている周辺からさらに下流の六郷水門にかけてである。
結果はやはりエビの時期は終わっていて、既にハゼの季節となり、小さなハゼ拾数匹のみを得た。
だが、全く無駄足であったということはなく、釣り場は潮の干満がまともに影響し干潮時には干上がってしまい釣にならないこと、竿の長さは通常より長めの3m前後が必要なこと〜などを学習し、来シーズンに満を持す事にした。


ところで、我々団塊の世代の少年期は、大方集団で日が暮れるまで外で元気に遊んでいたものだ。
そして、その当時の遊びの中でザリガニ釣ほど懐かしいものは他になかったのではないか。
当時私が住んでいた神奈川県の県央部では、アメリカザリガニのことを「マッカチン」と呼び、在来種を「エビガニ」と呼んでいた。そして大きなハサミを振りかざして威嚇する特大マッカチンを釣り上げた少年は、一躍英雄になれたのだった。
ザリガニ釣の餌は、田の畦で捕まえたカエルを叩き潰し、その皮を引ん剥いて内臓が飛び出ているのをそのまま使用するのが最高であった。
その哀れな餌の片足を重し代わりの石ころと一緒にタコ糸で結び、糸のもう一方の端を小刀で切った竹にくくりつければ仕掛けの出来上がりである。
当時の我々が遊びで遠出する時は、携帯電話の代わりに小刀を携行したものだ。そして、行った先々の野や田や川で、今の子供たちが見たら目が飛び出るようなワイルドなことを平気で行なっていた。
もちろん、怪我の痛さは日常的に身をもって知っていたので、刃物で他人を傷つけることなどは思いも及ばなかった。
そして、馬齢を重ねた今日になっても、当時のザリガニ釣に憧憬を抱くのである。
だが残念なことに現在の環境ではザリガニ釣ができなくなってしまった。そこで代わりに、当時の思いを彷彿させる手長エビ釣に我々は間違いなくハマってしまうのだ。


さて、今回釣り場の国道橋梁下へは、JR川崎駅から3kmほど上流にあり、一般の人にとって歩くにはつらい距離である。バスの便があるようだが、私は苦もなく歩いてしまった。40分で到着した。
下流にゴルフ打ち離し練習場が、上流にゴルフコースがある。車利用だと無料の広い駐車スペースが河川敷にあって、都合よさそうだ。河川敷への進入口は橋より僅かに下流にある。
当日満潮時刻の2時間前、12時少し前に私は釣り場に到着した。先客が4人いた。その後6人が加わり、ピーク時には10人ほどの釣り人で、平日にもかかわらず橋下のポイントは大賑わいである。この調子では、休日は大混雑となるであろう。
皆エビ狙い、そしてほとんどの人が同年輩、中では私が若干若いようだった。
世の中には暇人が多いのだ、などと云って切り捨ててしまっては身も蓋もない。いい歳のお父さんたちがエビ釣にハマってしまい、夢中になっているのである。
良き時代だった少年の頃に、皆タイムスリップしているのだった。


本来、手長エビは夜行性で、晴天の日中は物陰に隠れてあまり活動しない。ところが、橋の下は1日中大きな日影となるので、エビが日中でも盛んにエサを漁り、良いポイントとなる。
一方、六郷土手では日を遮る場所がないので、雨天曇天時が狙いとなる。他にも、広い多摩川にはまだまだたくさんの釣場があるに違いない。
釣の盛期は梅雨の時期と一致する。
仕掛けはシンプルに、糸と錘と玉ウキ、そして針はタナゴやエビ用の極小を選ぶ。竿は3m前後の長さが使いよい。
エサは赤虫を使う。短く切ったミミズでもよい。これを小さな針に刺し通す。私にとって、この装餌がなかなか難しい。エサ付けの度に強度の老眼鏡を掛けないと上手くいかないので、結構大変である。
ポイントは、岸辺の障害物の脇が良い。水深は20cm〜せいぜい1mまでの場所を狙う。
アタリは、ウキがスーッと横に動く。このウキの反応がたまらない。あわてて直ぐにあわせてもなかなか釣れない。
エビがエサを口に咥える前なので、エサから手を離してしまうのである。
針掛かりしたエビはピンピンと尾で小気味良く抵抗し、同サイズの魚より釣味が勝る。エビ釣は面白いだけでなく、案外奥が深いのである。
今回は時期が早かったので、型が小さいうえに数も出なかった。だが、エビ釣そのものは堪能したので、小満足といったところか。
この次は、入梅の頃に、成長したエビの群が大挙して浅場に乗込んでくることを夢見て、六郷土手へでも出かてみようか。
2005/05/21 記

2006/05/10 再び多摩川国道1号線橋梁下右岸へ
当日は中潮で満潮は15:00過ぎ、10:30に現地に着いた。干潮から潮が上げ始めた時間だ。岸寄りは干上がり釣にならないので、護岸下まで降り沖目の沈下障害物脇を狙う。
ウキ下30〜40cm、一投目アタリなし。二投目、ピクッピクッと鋭いアタリで空振り、どうやら小魚のようだ。三投目、ウキが浅く沈みスーッと横に動く、本命に違いない。間をおいて聞き合わせしたところ、エビが付いていた。
小さいエビだが一年ぶりの対面に、今日は大漁間違いないなどと、嬉しさが込み上げてきた。だが、そうは旨くいかない。私のいつものパターンだ。
年配者が一人、私の下流側に加わる。釣り場に一番乗りした私だが、最終的にその日は7〜8人の人出となった。この場所は相変わらず人気が高いようだ。
今日は度の強い老眼鏡を忘れてしまった。通常の老眼鏡ではエサ付けが辛い。エサは赤虫、針はエビ針の2号、見えるか見えないかの極小針だ。普段は海釣専門の私にとってこの仕掛けは小さすぎる。赤虫が上手く針に刺さらない。ようやく刺さるとブチュと赤い汁が出てしまいエサが台無しとなる。
アタリは退屈しない程度に出る。でも針掛かりするのは10回に1回程度、釣果は全然伸びない。結局潮止まり前の14:30まで粘り、7匹に終わった。
帰り際にまだ残っていた4人のバケツを覗くと、それぞれ10匹以上、多い人は30匹位の獲物があった。どうやら私が最低のようだ。経験の浅い私はエビ釣の奥の深さを思い知らされた。
持ち帰った情けない獲物は、恥ずかしさを忍んで家人に頼み、かき揚げ天にして食した。
エビの大きさは、釣り上げた時の半分程度に縮んで見えた。
2006/05/11 記

またまた、多摩川大橋の下、川崎側へ 2006/5/19
このところうっとうしい天気が続いております。
こういう時期こそ、手長エビ釣です!大小取り混ぜて20匹ほどの戦果をえました。
この日のエサはミミズ。私にとってミミズの方が扱い易く、また良くエビが食います。
案外難しい釣ですが、ようやくコツが分かってきました。
エビを針から外すのも一苦労、大物は長い手でハサンできます。ハサまれると結構痛いです。
獲物は清水で一昼夜ドロ抜きさせるのが本来ですが、持ち帰るまでに昇天されたエビも多いので、エエイ!かまうものかと、そのままから揚げとし、自分一人で10匹ほどたいらげました。
まだ元気だったエビはお酒を飲ませて泥酔死させました。
泥抜きは省略した変わりに塩でよく洗いました。すこぶる美味でした。ビールと良く合います。
残り10匹は息子用にとっておくことにしました。
そうです、カミさんは里帰り中でいません。エビは私が自分で揚げたのでした。
エビ釣は大人気で、現地ではたくさんの大人達が一心不乱に興じておりました。
本日のポイントは橋からやや下流のテトラの穴。そこでは、潮が引いている時間帯がつりやすいでしょう。
2006/05/22追記


no.3 木更津沖堤五目釣りへ , NO.2 多摩川の手長エビ , no.1 手漕ぎボートの釣りへ